一色進 * 夏秋文尚 *キハラ宙
カテゴリ:ジャック前夜( 1 )
ジャック前夜
  ある日、いや、ある夜。キハラ・ヒロムがうちのドアをノックした。ほんとはチャイムなのだが、ノックのほうが、始まりっぽい。そしてこう言った。
「パパ、オレをタイツに入れてくんないかなぁ。」
何を言ってるんだ、この男は。これは2003年4月の話だ。もうタイツなんかとっくにないっつーんだよ。
「まぁ、いいからあがれよ。」
コイツとは以前、私がやっていた夫婦漫才ロック(どんなロックだ!)の青空プレタ・ポルテで、ギターをお願いした縁で今もなかよしなのだが、その時に大量のタイツを渡したのだが、当時はどうもピンと来なかったのらしい。彼は、もともとアメリカン君でファンキーとかと、グルーブとか、私の聞いたことのない言語をときどき使う人なので、まぁそれも無理ないかって、当時は納得してた。まぁ青空プレタ・ポルテは、そんなんがやりたいからキハラにギターをたのんだんだが。そんなキハラのなかで事件があったらしい。私の知る由のない所で。
話を聞いてみると、こうだ。彼のかみさんがビートルズの「アンソロジー」のDVDを買ってきたらしいのだ。それを延々と見てくうちに、彼の中で何かが繋がっちゃったらしい。スイッチ・オンだ。何十年経ってるというのに、これも奴らの魔法か?そして、そのあとタイツを聞いたらあら不思議。昨日まで「なんだこれ?」って思ってたのに、「入れてくれ。」となったらしい。もしジョージが知り合いだったら、「オレを、ビートルズに入れてくんないかなぁ。」って言ったに違いない。そしてジョージに「入れてくれって言われてもなぁ。」っていわれたに決まってる。
「入れてくれって言われてもなぁ。」
タイツを解散してから、唄うのはもうやめようと思って、ずっと歌い手探しをしてて、それが、ポルテさんだったり、サーディンズだったりしたのだが、結局サーディンズも1年前に私ひとりになってしまい、どうすっかなぁなんて思ってる頃だった。サーディンズの最後のほうに作った曲でちょっと我慢できない曲があって、結局ライブじゃやれなかったんだけど、こいつを発表せずには死ねないなぁと、ずっと思ってた。「マイ・ビューティフル・ガール」だ。
「タイツは、無理。だけど、こんなんありますよ。」
って、「マイ・ビューティフル・ガール」の音を聞いてもらった。バンド結成。
「うた、どーしよう?」
って私がいうと、キハラは間髪いれずに、
「パパ、歌いなよ。」と、言い放った。
「ええ〜っ、えええ〜っっ、マジすか?」
確かに、聞いてもらった音はデモなので、唄もギターも自分でやるっきゃないので、やってますが、
「ソロもパパが弾いたほうがいいよ、これかっこいいって。」
じゃあ、お前はなにすんだよっておもったけど、
「ええええええ〜っっ、本気と書いてマジすか〜!」
早速、私とヒロムとQY-10が都立大のリンキーでリハを始めたのは、その1週間後だった。また唄う羽目になった。
そんなこんなの6月、キハラ家で焼肉パーティー。私とポルテさんと唯と要が着いたのは、まだ明るい時間だったのだが、もうみんな出来上がってる。こいつら何時から呑んでんだ。しかしこっちも要はおけつ丸出し。どんな一家だ。見たことある奴と見た事ない奴半々。そんな中に紛れこんで、呑んだり喰ったりしてたんだけど、私の向かいにやたら怒ってるんだけど、受けも取ってる奴がいる。みんなは、ピートさんと呼んでるけど、外人には見えない。ヒロムが、    
「ピートさんです。」
って私に紹介した。みんなそう呼んでんだからわかるっつーの、だから何者か教えろ。すぐにキンクスの話で盛り上がって、うちとけるのに5分も要らなかったけどね。時間が経つに連れて、だんだん判ってきた。キリング・フロアっていうバンドの主謀者で、サックスを吹くらしい。
他にもいろいろやってて、忙しそう。モーソフ、ボックス・コックス。えみコバーンのバックにも参加するらしい。そしてなぜかベースの話になった。
 「オレ、ベース・マニアなんだよねぇ、ベース20本位もってんだよ。」
「ええ〜〜〜〜っっ、スゲェ〜〜!」
  そしてやがていつものように私の記憶は2000光年の彼方に。気が付くと家だった。次の日ポルテさんと、ピート可笑しすぎとか言ってると、ヒロムから電話。
  「ピートさん、どうだった?」
 どうだったといわれても、「おもしろいね。」とか言うしかない。
  「だから、メンバーにどうかなって。」
 ヒロムは、お見合いのつもりで、私をピートさんの向かいに座らせたらしい。まんまと策にはまってしまった。ヒロムは、私が常日頃「ただ成功しても意味ないんだよ、それがロックンロール的成功じゃなきゃ意味がないんだ。」とか戯言を言ってるのを覚えてて、そんな風な出会いを演出してくれたのだろうが、2000光年野郎には、効き目なし。
 「いいね、じゃあとにかく音出してみよう。」
 「じゃあ、パパ、新曲書いてきてよ。」
 「わかぱい。」
 2003年7月9日、私は幡ヶ谷のシュール・スタジオに向かっていた。「マイ・ビューティフル・ガール」といくつかの曲と、この日のために書いた新曲「ピクニック・ファミリー」を持って。「ピクニック・ファミリー」は、ピートさんへの挨拶状だ。一緒にやりたいので気合の入った一曲だ。この日のメンバーは、一色、キハラ、そしてピートさんと、ピートさんのバンドの二十歳のドラマー、大ちゃんに手伝ってもらう。
 そして3時間が経ち、スタジオを出る。大ちゃんは仕事があるので帰る。3人で幡ヶ谷で反省会。そこでピートさんがこう言った。
 「いいバンドになりそうだけど、ドラムは若い奴じゃない方がいいかも。大ちゃんもいいけど、もっと一色さん寄りっていうか、一色さんの事をわかってる人を連れてきてよ。」
 なるほどと思ったね。
 そして、夏秋に電話してみた。ナッキーはタイツのドラマーが抜ける度に、つぎはナッキーじゃないのって噂されていた。ただただひねくれ者だったわたしは、いつも以外な人選をして楽しんでいた。ピートさんに言われた言葉を繰り返し考えながら、ドラマー図鑑が頭の中でめくれるたびに、「ナッキーを呼んで来い。」って聞こえたんだよね。電話が繋がる。
「久しぶり、どうしたの?」
事の顛末を話す。その日ナッキーは青山陽一のリハで、そこでたまたま私の話題になって、最近どうしてんだろうねとか言ってた矢先にだったらしい。偶然。
7月18日吉祥寺のルノアールに、ナッキーと私。ナッキーは昆布茶、私はビール。タイツ解散あたりから今までのことを、だらだら話す。ヒロムの事、ピートさんの事。じゃあやってみようかって事になって、デモを渡してそこをあとにした。
2003年7月28日西荻窪UENスタジオ。ナッキーがカウントを刻む。「マイ・ビューティフル・ガール」だ。いきなりかっこいい。これだよ、ピートさん正解。これはいけるかも。みんなへらへらしてる。そして「ピクニック・ファミリー」。いいぞ、なんかハイになってきた。ライブやろう。
みんなに聞いてもらわなくちゃ。
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by isssssiki | 2003-11-30 23:59 | ジャック前夜



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