一色進 * 夏秋文尚 *キハラ宙
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サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
 つくづくバンドが好きなんだなぁ、と思うときがある。家にあるレコードやCDの8割は、バンドものだ。私自身もたくさんのバンドに参加した。忘れちゃう前にここに書き留めとこうと思い立った。あきるまで書き続けるので、おつきあい願いたい。思い出しだしなので、時代考証はかなりいい加減になりますが、じじぃだからしょうがない。
 私と音楽を結びつけた最初のエピソードは、小学校高学年の頃に、隣に住んでた綺麗なおねえさんが、なぜかわかんないけど、私にテスコのエレキギターをくれたのだ。「もういらない」って。なんでくれたんだろう、ちなみにこのお姉さんの名前は小森和子さん。生きてるのかなぁ。そしたらどうしたって練習するよね。ろくに弾けなかったけど、コードとかおぼえていって、曲とかも作り出した。まぁビートルズが来日してGSとかがはやりだしたころ、まだタイガースはファニーズだった頃だ。ブル‐コメッツ、スパイダースの時代。
 そんな私がエレキベースを買いに御茶ノ水に出かける日が来る。14歳になっていた。1969年。バイオリンベースを買ったらバンドに入れてやる、と言われたのだ。入りたかったんだろうな、バンドに。のこのこ御茶ノ水までいって中古のグレコのバイオリンベースを買ってきた、1万2千円だった。そして私は晴れてバンドの一員になれたのだ。やったー。それがサージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド。長くて言えない。この頃は長いバンド名がはやってた。メンバーは、柴田隆史(G、Vo)、林治実(D),一色進(B)の3人。 この3人は小学校からの仲良しだ。柴田はバタと呼ばれていた、このバンド名からもわかるとおり、バタは、大のビートルズフリークで、彼は全てのビートルズのアルバムのイギリス盤、アメリカ盤と日本盤を持ってた。バタのうちで見た「BEATLES VI」のジャケットはかっこよかったなぁ。バタは典型的なヴォーカルタイプの人で、わがままだけど、ユーモアがあって、ルックスもいけてる人気者だった。ロスマンズを吸ってた。私といえば、いわゆる典型的なお調子者で、1910フルーツガムカンパニーとかが大好きなブッダサウンド野郎だった。だいたいカーナビーツが一番のアイドルだった。そんな頃に買ったゾンビーズのシングルで「ふたりのシーズン」ってのがあったのだが、そのB面が凄かった。「フレンズ・オブ・マイン」だ。かっこ良過ぎ。しびれたなぁ。渋谷陽一の「胸いっぱいの愛を」みたいなもんだ。もうその後のライフスタイルみたいなのが決定した。以後今日に至るまでこれが変わってない。当時の私のショックの凄さが伝わるハナシだ。そりゃもう聞いた。針は減るは、盤は減るは、ナガオカ(レコード針メーカー)は大儲け。落雷で黒焦げさ。そして林だ。林は、わが板橋五中一の秀才で、飼ってる犬の名前はロック。彼のうちには最新のロックがあった。ザ・バンドもはっぴぃえんども林のうちで知った。ここに最新アイテムがあるのにはわけがある。林の兄貴もバンドをやってたのだ。もっていうのは、失礼なぐらい林の兄貴のバンドは、すばらしかったのだ。その名は「シャーマン」。シャーマンはセミプロだったんだろうけど、彼らの曲の楽譜がガッツとかに載ってたこともあった。知ってるかなぁガッツ。そういうヤングギターみたいな雑誌があった。家に今もシャーマンのEPが一枚だけある。昔なんかのラジオ番組で一回だけかけたことがある。でもこのEPはシャーマンの中じゃそれほどシャーマンじゃないんだよな、いいけど。林と2人で見に行ったシャーマンのコンサートはかっこよかったなぁ。日仏会館ぐらいの東京のどっかのホールなんだけど、どこだか忘れた。そこで聞いた「野武士の歌」のイントロのリコーダーの音がまだ耳にいる。シャーマンもゾンビーズと同じ位の渡し舟だった。だからサージェントペパーズはとくにライブとかはやらなっかたけど、なんか録音ばかりやってたけど、テープはないだろうなぁたぶん。でも私の背骨はこの頃すでにできてたって話です。バタはアンっていう青い目のかみさんをもらって、いわゆる外資系の会社に入って、シアトルに住んでる。林は北大に進学して、獣医になって、今は千葉県の公務員になってる。つづく。
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by isssssiki | 2003-11-30 23:59 | TKHY
ジャック前夜
  ある日、いや、ある夜。キハラ・ヒロムがうちのドアをノックした。ほんとはチャイムなのだが、ノックのほうが、始まりっぽい。そしてこう言った。
「パパ、オレをタイツに入れてくんないかなぁ。」
何を言ってるんだ、この男は。これは2003年4月の話だ。もうタイツなんかとっくにないっつーんだよ。
「まぁ、いいからあがれよ。」
コイツとは以前、私がやっていた夫婦漫才ロック(どんなロックだ!)の青空プレタ・ポルテで、ギターをお願いした縁で今もなかよしなのだが、その時に大量のタイツを渡したのだが、当時はどうもピンと来なかったのらしい。彼は、もともとアメリカン君でファンキーとかと、グルーブとか、私の聞いたことのない言語をときどき使う人なので、まぁそれも無理ないかって、当時は納得してた。まぁ青空プレタ・ポルテは、そんなんがやりたいからキハラにギターをたのんだんだが。そんなキハラのなかで事件があったらしい。私の知る由のない所で。
話を聞いてみると、こうだ。彼のかみさんがビートルズの「アンソロジー」のDVDを買ってきたらしいのだ。それを延々と見てくうちに、彼の中で何かが繋がっちゃったらしい。スイッチ・オンだ。何十年経ってるというのに、これも奴らの魔法か?そして、そのあとタイツを聞いたらあら不思議。昨日まで「なんだこれ?」って思ってたのに、「入れてくれ。」となったらしい。もしジョージが知り合いだったら、「オレを、ビートルズに入れてくんないかなぁ。」って言ったに違いない。そしてジョージに「入れてくれって言われてもなぁ。」っていわれたに決まってる。
「入れてくれって言われてもなぁ。」
タイツを解散してから、唄うのはもうやめようと思って、ずっと歌い手探しをしてて、それが、ポルテさんだったり、サーディンズだったりしたのだが、結局サーディンズも1年前に私ひとりになってしまい、どうすっかなぁなんて思ってる頃だった。サーディンズの最後のほうに作った曲でちょっと我慢できない曲があって、結局ライブじゃやれなかったんだけど、こいつを発表せずには死ねないなぁと、ずっと思ってた。「マイ・ビューティフル・ガール」だ。
「タイツは、無理。だけど、こんなんありますよ。」
って、「マイ・ビューティフル・ガール」の音を聞いてもらった。バンド結成。
「うた、どーしよう?」
って私がいうと、キハラは間髪いれずに、
「パパ、歌いなよ。」と、言い放った。
「ええ〜っ、えええ〜っっ、マジすか?」
確かに、聞いてもらった音はデモなので、唄もギターも自分でやるっきゃないので、やってますが、
「ソロもパパが弾いたほうがいいよ、これかっこいいって。」
じゃあ、お前はなにすんだよっておもったけど、
「ええええええ〜っっ、本気と書いてマジすか〜!」
早速、私とヒロムとQY-10が都立大のリンキーでリハを始めたのは、その1週間後だった。また唄う羽目になった。
そんなこんなの6月、キハラ家で焼肉パーティー。私とポルテさんと唯と要が着いたのは、まだ明るい時間だったのだが、もうみんな出来上がってる。こいつら何時から呑んでんだ。しかしこっちも要はおけつ丸出し。どんな一家だ。見たことある奴と見た事ない奴半々。そんな中に紛れこんで、呑んだり喰ったりしてたんだけど、私の向かいにやたら怒ってるんだけど、受けも取ってる奴がいる。みんなは、ピートさんと呼んでるけど、外人には見えない。ヒロムが、    
「ピートさんです。」
って私に紹介した。みんなそう呼んでんだからわかるっつーの、だから何者か教えろ。すぐにキンクスの話で盛り上がって、うちとけるのに5分も要らなかったけどね。時間が経つに連れて、だんだん判ってきた。キリング・フロアっていうバンドの主謀者で、サックスを吹くらしい。
他にもいろいろやってて、忙しそう。モーソフ、ボックス・コックス。えみコバーンのバックにも参加するらしい。そしてなぜかベースの話になった。
 「オレ、ベース・マニアなんだよねぇ、ベース20本位もってんだよ。」
「ええ〜〜〜〜っっ、スゲェ〜〜!」
  そしてやがていつものように私の記憶は2000光年の彼方に。気が付くと家だった。次の日ポルテさんと、ピート可笑しすぎとか言ってると、ヒロムから電話。
  「ピートさん、どうだった?」
 どうだったといわれても、「おもしろいね。」とか言うしかない。
  「だから、メンバーにどうかなって。」
 ヒロムは、お見合いのつもりで、私をピートさんの向かいに座らせたらしい。まんまと策にはまってしまった。ヒロムは、私が常日頃「ただ成功しても意味ないんだよ、それがロックンロール的成功じゃなきゃ意味がないんだ。」とか戯言を言ってるのを覚えてて、そんな風な出会いを演出してくれたのだろうが、2000光年野郎には、効き目なし。
 「いいね、じゃあとにかく音出してみよう。」
 「じゃあ、パパ、新曲書いてきてよ。」
 「わかぱい。」
 2003年7月9日、私は幡ヶ谷のシュール・スタジオに向かっていた。「マイ・ビューティフル・ガール」といくつかの曲と、この日のために書いた新曲「ピクニック・ファミリー」を持って。「ピクニック・ファミリー」は、ピートさんへの挨拶状だ。一緒にやりたいので気合の入った一曲だ。この日のメンバーは、一色、キハラ、そしてピートさんと、ピートさんのバンドの二十歳のドラマー、大ちゃんに手伝ってもらう。
 そして3時間が経ち、スタジオを出る。大ちゃんは仕事があるので帰る。3人で幡ヶ谷で反省会。そこでピートさんがこう言った。
 「いいバンドになりそうだけど、ドラムは若い奴じゃない方がいいかも。大ちゃんもいいけど、もっと一色さん寄りっていうか、一色さんの事をわかってる人を連れてきてよ。」
 なるほどと思ったね。
 そして、夏秋に電話してみた。ナッキーはタイツのドラマーが抜ける度に、つぎはナッキーじゃないのって噂されていた。ただただひねくれ者だったわたしは、いつも以外な人選をして楽しんでいた。ピートさんに言われた言葉を繰り返し考えながら、ドラマー図鑑が頭の中でめくれるたびに、「ナッキーを呼んで来い。」って聞こえたんだよね。電話が繋がる。
「久しぶり、どうしたの?」
事の顛末を話す。その日ナッキーは青山陽一のリハで、そこでたまたま私の話題になって、最近どうしてんだろうねとか言ってた矢先にだったらしい。偶然。
7月18日吉祥寺のルノアールに、ナッキーと私。ナッキーは昆布茶、私はビール。タイツ解散あたりから今までのことを、だらだら話す。ヒロムの事、ピートさんの事。じゃあやってみようかって事になって、デモを渡してそこをあとにした。
2003年7月28日西荻窪UENスタジオ。ナッキーがカウントを刻む。「マイ・ビューティフル・ガール」だ。いきなりかっこいい。これだよ、ピートさん正解。これはいけるかも。みんなへらへらしてる。そして「ピクニック・ファミリー」。いいぞ、なんかハイになってきた。ライブやろう。
みんなに聞いてもらわなくちゃ。
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by isssssiki | 2003-11-30 23:59 | ジャック前夜
DABA(駄馬)
 メンバーは、河合徹三(Vo)、岩倉健二(G)、一色(B)、金井達也(D)。いきなり濃いなぁ。タツヤは、のちのち慈恵医大にいって医者になるのだが、あとの3人は、今も音楽家。なんか早くも東京サブカルチャー物語の様相をおびてきたぞ。
中学を出て、私もなんとか高校生。晴れて北園高校に入学だ。都立だし私服さ。意気揚々と登校し、1年5組にやってきたのはいいのだが、なんか様子がおかしい。男女共学のはずなのに見渡す限りの男だらけ。
なんだなんだ、どうなってんだ。どうやら5組は男子クラスらしい。おいおい聞いてないぞ。1学年、8クラスあるうちの、4組と5組が男子クラスで、残りが男女共学クラス。勝手に振り分けられた5組の人々は、初日から荒くれてる。で、となりの席の荒くれが河合だった。で、斜め後ろでひどく落ち込んでたのがタツヤだった。もうバンドでもやって目立たないと、こんなクラスで一生暮らすわけにはいかない。3人の利害が一致した。って面白おかしくいえばそんな感じなのだが、一方では、3人とも中学時代からバンドをやってて、趣味も近しい。すぐに気があって、タツヤのうちの応接間で練習しだした。そしてバタがいった高校に岩倉がいた。バタをつうじて岩倉ともすぐ友達になった。なんか私はとにかくすぐだれ彼なく友達になれる才能に恵まれていた。まぁわらかすからね。2分に1回。岩倉とは家も近所で、私がどっかから帰ってくると、うちの前に岩倉の自転車が止まってて、勝手に上がりこんでひとのレコードを聞いてたりしてた。キンクスの「マスウェル・ ヒルビリーズ」いいねじゃないつーの。すぐに岩倉が北園3人組に加入して「DABA」が結成された。河合はとにかくモテた。近くでこぼれた女の子を適当に笑わすのが、私の役目。タツヤは、天才的にドラムがうまかった。当時はみんなおんぼろのステレオしか持ってなくて、ブラック・ドッグをコピーした時も、ドラムがよく聞き取れなくて、ボンゾよりも複雑なことをタツヤやってたことが、武道館でツェッペリンを見たときにわかって、教えてあげたりした。そのころ池袋の東武の10階に五番街ってゆうレコード屋があって、そこの隅にちょっとしたライブ・スペースがあって、そこが私たちのステージだった。オープニングはきまってキンクスの「TOP OF POPS」。レパートリーのほとんどがカバーだったけど、ちょっとしたもんだった。学園祭ともなれば大忙し。講堂でESSの英語劇「マクベス」に出演して、そのままのメイクと衣装で中庭でDABA。そのあと教室で河合とのユニットの「頭脳消防署」。まぁ青春を謳歌してたわけです。まぁバンド仲間という以前に、悪友という感じ。四六時中河合や岩倉と悪さばかりやってた。バタはそのころバタの高校ですっかりミック・ジャガーになってた。お前ビートルズじゃなかったんかい。それは「bootlegs」ってバンドで、そこでも私はベース弾いてた。ベース持ってる奴少ない時代。この頃になると何でも聞いてたなぁ。タツヤに一色は8万8曲知ってるってよく言われてた。本当はそんなことないんだけど。そんな頃日比谷の野音で「走れコータロー」でおなじみのソルティーシュガーのラストライブをメインにした「ウッドスモッグ」というイベントがあった。ファーラウトや、RCサクセション、はっぴぃえんどに交じって出てた「はちみつぱい」を見た。「センチメンタル通り」の2年前だ。「幼女暴行殺人事件」という曲をやってた、公害をなくそうというイベントで。かっこいいーさすが未来の師匠。これが、のちのち数奇な運命に巻き込まれていく、慶一さんとの出会いです。でもあとで知ったのですが、この曲はかしぶちさんの曲だったらしい。なんかよけいに重い。
DABAの巻だった。高1にしてDABAはすでに北園では一番人気のバンドだったのだが、近所の赤城台高校にはもっと凄い奴らがいた。「コーヒー&クリープ」だ。高校生のくせにヤマハのライトミュージックコンテストで、上田正樹のオールラウンズについで準優勝したバンド。中学の同級生だった目良が、赤城台にいっててそのつてで、「コーヒー&クリープ」のリハを見にいった。そのときヴォーカルの長尾さんや、のちのスペクトラムを結成するペットの新田一郎さんや、のちのロックンロールサーカスのリーダーの西さんとかと知り合えた。相変わらず尻尾をふれるだけふって、そりゃ可愛がられたさ。才能だからね。しかし、そのちょっと後に「コーヒー&クリープ」は解散する。そして思いもしない展開に。それは次の「クラウディ」の巻で。知らない人のために補足しとくと、河合はやがて、ラストショウを経て、今は中島みゆきなどのバンマス。岩倉はホットランディング、SPY、ファーストブランドを経て、今も尚活動中。まだ高1、つづく。
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by isssssiki | 2003-11-30 23:58 | TKHY
SLAPY STICKY
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モンキー・ロリータ
五月病
ファー・イースト・マン
愛情のビーカーとフラスコ
エラー
水と泡
運命がよんでいる
ポルノグラフィック
ノンジャンルのクラウン
真冬のナイチンゲール
RUN-SAW SAMBA
スラッピィ・スティッキィ

1997
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by isssssiki | 2003-11-28 22:59 | タイツCD
HARD BOILED ALBUM
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どーせ、死ぬんだ!
カウント・ダウン・トゥ・ベッド・イン
最低さ
メリー・ルー(2DLOVERS)
君の中のヘブン
グッド・ルッキン・ナイト・ガール
ハード・ボイルド
こんなんなっちゃった
彼女は誰かの彼女
昨日を生きよう
ベルーガ・ジャンボリー
人・人・人

1994
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by isssssiki | 2003-11-28 22:57 | タイツCD
ゴールデンどこかで
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イタリアングッバイ
ハッピィハッピィトゥ
二日酔いのコンダクター
こいするうさぎ
僕の6時、僕の12時
デザイン
タイルの彼方
外人
スノッブ#1
In the Still of the Night
月や森や湖にゆこう
ハニービー
明るいドラキュラ
緑の瞳
モーターサイクリスト
冒険へようこそ
いつかどこかで
僕のマンディ・マチネー・ライフ

1993
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by isssssiki | 2003-11-28 22:55 | タイツCD
GET CULT
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スティル・ライフ
リトル・ビット
kiss を急げ!
カルシウム
デイライト
マグネット
シリアス・アワー
Golden River's Song
夜の羊
列車はさよならを告げに行く
紅茶の温度
大川端綺談
ワンダ
グッド・アイディア・ディア・マイ・ティア
愛は胃袋の中
僕はここにいる
嫌いになりたくない
VIVA!

1992
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by isssssiki | 2003-11-28 22:53 | タイツCD
Radio Delicatessen
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ファン・ファン・スキッド・ロウ・ファクトリー
夢の中のリディア
水の惑星
カード天国
キナリ
棘(A Song For U.W.F.)
ラジオ・デリカテッセン
ハロウィン
メイビィ・ベイビィ
霧のシークレット・ラヴ
森の中でヌゥイキ・ヌゥイキ・ヌゥイキ
ヤヤ・ブルー

1988
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by isssssiki | 2003-11-28 22:46 | タイツCD



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